The Scent Of A Camel Lights
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鮫に鱗は無い
流行に流されたくない人間なんで、今頃になって売れた本を読み始めてる。

養老孟司の「バカの壁」って本。

この本に、個性とはなんぞやという事が書かれている。
すこし文を端折りながら引用してみる。

“人がここまで進歩してきた背景に、「共通了解」というのがある。
共通了解とは何か。多くの人が同じ情報や知識をもって生活することでいわゆる常識が生まれる。つまりみんな同じであることでうまくやっていける、ということ。
これに対して最近、何かにつけて「個性」が求められてくるようになった、と。

このところとみに、「個性」とか「自己」とか「独創性」とかを重視する物言いが増えてきた。
しかし、これは共通了解を追及することが文明の自然な流れだとすれば、おかしな話だ。明らかに矛盾してると言ってもいい。

大体、現代社会において本当に存分に個性を発揮している人が現れたら、そんな人は精神病院に入れられてしまうこと必至。
人が笑っている所で泣いて、お葬式で大笑いしてしまうような人。それでどうして、と聞かれても説明できない。
明らかに存分な個性を発揮しているのに、そんな人は受け入れられない。
実際精神病院に行くと、まったくもって個性的な面々揃いです。
私の知っている患者には、白い壁に毎日大便で自分の名前を書く人もいた。それを芸術的な創造行為だとすれば、凄いかもわからない。おそらく現代芸術の世界でもまだ誰も挑戦していないジャンルであるには違いない。が、現実世界では迷惑でたまらない。
そんなこと解りきっているはずなのに、誰が「個性を伸ばせ」とか「オリジナリティを発揮しろ」とか言い出したのでしょう。この狭い日本において、本当にそんなことが求められているのか。込んだ銭湯でオリジナリティを発揮されたら困るだけ、と私は常々いっているのですが。”

さらに、こう続く。

“今の若者を見ていて、つくづく可哀想だなと思うのは、がんじがらめの「共通了解」を求められつつも、意味不明の「個性」を求められるという矛盾した境遇にあるということ。会社でもどこでも組織に入れば徹底的に共通了解を求められるのにかかわらず、口では「個性を発揮しろ」と言われる。どうすりゃいいんだ、と思うのも無理の無い話。
要するに、「求められる個性」を発揮しろという矛盾した要求が出されているのです。”


まったくその通りだと思う。
目から鱗とはこのことか。

なんだろう、この世の中って、全部支えてやらないと崩れちゃう建物みたいな感覚だと思わない?釘もボルトも接着剤も使わないで、ただ乗せてあるだけ。そのつなぎ目に人がいて支えてる。床を持ってる人、柱を支える人、梁を持ち上げてる人・・・建物だから、当然居間でくつろぐ人もいれば掃除したりしてる人もいるし。
たまにその役割も交代して、休む人、なかなか休めない人、いろいろいて。
俺はいつまでも支えてやるぞ!っていうやる気のある人もいれば、なんでこんなことやってるんだろうとイヤになる人・・・


自分はどこを支えてるのかな。
シロアリかなんかかね。
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